ワークバランス講演会 第10回講演会 ワークライフバランス検討委員会特別企画

第37回 日本小児外科学会秋季シンポジウム・PSJM
ワークライフバランス検討委員会主催 第10回講演会
「女性医師が増えると誰が困るのか?~医療のサスティナビリティと未来~」
講演要旨

上野千鶴子講師 上野千鶴子先生   
日時 2021年10月29日 16時‐17時
会場 ベルサール神田 (Web講演)
座長 浮山超史先生 東間未来先生                  
 
会場視聴者 35名
Web視聴者 195名

講演は前半・後半とで内容が異なったためそれぞれに分けて要旨を掲載する。

《前半》
前半は、日本における女性の進学率や国会議員の女性比率、その国際比較を提示していただき、日本での女性の地位の低さとその理由について、お話いただいた。また、女性進学率の増加に比して女性医師が増えない理由、女性医師が一生の職として定着しない理由についてのお考えをお聞かせいただき、さらに、女性医師が意思決定に参加すれば変化していくであろう未来の医療についてもお話いただいた。
以下前半の講演内容の要旨を記載する。

  • 進学率の推移に関して、90年代以降、女子の大学進学率は上昇しているが、東京大学に関しては、2割を超えない時代が続き、「2割の壁」と言われてきた。なぜ合格者が2割を超えないのか、その理由は女子受験生が増えないからである。
  • 国際比較では、諸外国では、女子の進学率が男子より高いのに対して、日本では女子の進学率の方が低くなっている。これは、日本においては、ジェンダーの社会化、性別進路誘導、隠れたカリキュラム、無意識のバイアス、達成欲求の冷却効果により、生まれた時から男女の区別化が行われているためと考えられる。
  • 日本女性の地位を考えると、国会議員の女性比率は10.1%と世界160位であり、非常に低い。そもそも、女性候補者比率は17.7%であり、全員当選してもこれ以上にはならない。
  • 東京医科大学の不正入試問題は世間を揺るがした。東京医科大学の入学試験において、女子と多浪生を一律減点していたという事実が発覚した問題である。これを契機に、文部科学省が全国81医学部における女子受験生の入りにくさを調査した。その結果、女子受験生の入りにくさは平均1.2倍であった。都会私立の大学ほど、女子の入りにくさは高く、地方の国立大学ではむしろ女子の入りにくさは1.0倍以下となっていた。
  • 医師国家資格試験の女性合格者比率は毎年30%程度であまり変化はない。女性の大学進学率は挙がっているのに医師資格試験の合格率が上がらないのはなぜか。それは、医学部入学時点で女性の入学割合が制限されているからである。つまり、Gate Control されているからである。
  • 東京医科大学問題が話題になったとき、何より、医学会の冷ややかな反応に驚愕した。必要悪だ、女性医師が増えると眼科医と皮膚科医ばかりになる、等の反応があり、さらに、女性医師からは男性医師におもねるように、男性医師のおかげで女性医師は助けられている、等の発言があった。
  • 女性医師の仕事量は男性医師の8割という報告がある。これは、男性医師が家庭責任を放棄している結果ではないか。
  • 看護職は女性の一生の職として定着したにもかかわらず、なぜ女性医師は一生の職として定着しないのか。日本の医師は人口1万人あたり2.3人と非常に低いが、医師を「普通の仕事」とすることはできないのか。これは、医師という特権職意識を手放したくないからではないか。
  • 救急救命の現場においては、女性医師の活躍は既に証明されている。コミュニケーション能力が高い、疾病再発率が低い、等が報告されている。
  • 一方で国際比較では、医師全体の女性比率は18.0%と最低レベルである。これはGate Control のためである。職業が女性化すると社会的威信と賃金が下がるといわれている。
  • 女性医師の問題は医師全体の働き方の問題でもある。しかし、医師の働き方改革は最後の聖域と言われている。主治医制を廃止し、当番医制へ移行する、カルテを共有しチーム医療を行う、医師の供給を増やして労働時間の短縮を図る、ワークシェアにより医師の給与を削減する、医師をいわゆる「普通の職」とする、等の様々な方法があげられる。看護師ではこれらの改革がなされてきたにもかかわらず、なぜ医師では改革が進まないのか。同意する医師がほとんどいないのはなぜか。
  • 小児外科というのは特殊な世界と思われる。女性比率が40%と非常に高い。小児外科医を続ける理由として、絶対的に必要とされる高揚感を感じている人がいるのではないか。また、特殊なスキルが要求される。小児外科という狭い社会の中で学閥と人脈は存在し、職業移動の範囲が狭いように思われる。
  • 小泉政権時代に、「202030」という計画があった。2020年までにあらゆる分野における指導的地位の女性の割合を30%にする、という計画である。しかし、罰則規定なしの努力目標であり、すでに目標達成は放棄されており、2020年までにではなく、2020年代のできるだけ早い時期に、と変更されている。これまで、強制力のあるクォータ制抜きで男女平等を達成した社会はほとんどない。
  • 日本学術会議の女性会員比率は20%から30%に引き上げられた。以前は推薦のみであったが、平成17年以降は論文数等で会員資格を得られるようになった。しかし、各種学会の学会長や学会役員の男女比率では、男性が9割と圧倒的に多い。
  • 2019年に国会議員候補者男女均等法が成立したが、女性議員数の増加にはつながらず、効果はなかった。候補者の中での女性比率は17.8%と非常に低かった。2016年時点での日本の女性国会議議員比率は9.3%と先進諸外国の中では最も低い。フランスのパリテ法では、罰則を設け、強制力を持って男女平等を達成している。
  • 男女共同参画はゴールなのか、ツールなのか。過少代表制の是正それ自体がゴールなのか。QUOTA制の導入は学問を変えるのか。女なら誰でもいいのか、女を増やしてどうしたいのか。
  • ジェンダー研究者と男女共同参画は相性が悪い。ジェンダー研究者は学問を変えたいと考えている。一方で男女共同参画では女性の数を増やしたいと考えている。
  • もし、女性医師が意思決定に参加すれば、婦人科医療が変わる、月経対策が変わる、避妊法が変わる、中絶法が変わる、出産法が変わる、不妊治療が変わる、閉経対応が変わるだろう。現状はあたかもこれらがペナルティのように扱われている。
  • 例えば、婦人科医療では、診察台のトラウマ、婦人科系疾患の外科手術(子宮摘出や乳房再建)が見直されるだろう。月経対策では、ナプキンよりタンポンの使用や月経カップ使用、月経困難症への対応、月経への理解促進が進むだろう。避妊法も、男性依存の高いコンドームよりピルや避妊リングが推奨され、バイアグラがすぐに承認されたのに対してなかなか解禁されない低用量ピルやアフターピルの承認が進むだろう。中絶法も時代遅れの掻把術はなくなり、負担の少ない吸引法や薬による中絶が進むだろう。そもそも中絶に親や配偶者の同意は必要なのか、刑法堕胎罪は廃止すべきでないか、等も議論となるだろう。出産法もラマーズ法や夫の立ち合い出産、会陰保護、無痛分娩、が進み、出産トラウマや産後うつ対策も進むだろう。つまり、これまでの男性身体を基準とした医療から変化がおき、生涯にわたる女性の健康(性差医療)を考える医療へと変わるだろう。

《後半》
後半は、上野先生の現在の研究テーマの中心が「高齢者のケア」とのことで、ターミナルの方の自己決定についてもお話しいただいた。高齢者だけでなく、自己決定できない子供たちや障碍者の方たちの意思決定の代行やケアの現状ついて、さらには命の選別についてのお考えをお聞かせいただいた。「安心して弱者になれる社会」「安心して要介護になれる社会」「安心して認知症になれる社会」「障碍者になっても殺されない社会」そして「「尊厳死」より「尊厳生」を選択できる社会」を目指し、医療者は、特に女性はもっと発言力を持って医療を変え、男女問わず持続可能な働き方をしていってほしい、と締めくくられた。
以下後半の講演内容の要旨を記載する。

  • インフォームドコンセントを含めた当事者の意思決定・自己決定ということは高齢者医療業界でも1つのキーワードになっているが、子供には自己決定できない。その自己決定を誰かが代行しなければならない。すなわち親があるいは専門職である小児科・小児外科医らが代行することになる。
  • 高齢者に関わるうちに、必然的に障碍者にも関わるようになり、命の選別の問題についても考えざるを得なくなった。『見捨てられる〈いのち〉を考える(安藤泰至、島薗進ほか)』、『〈反延命〉主義の時代(小松美彦ほか)』という2冊の本を紹介する。高度医療技術の進歩により、障碍児の人口は増えてきており、生涯にわたって医療的ケアを受けなければならなくなった。きめの細かい個別性の高い負担の大きいケアを、誰が負担するのかというと“家族”であり、家族といってもワンオペ育児であり“女性”すなわち“母親”となる。障碍児を産んだことによって、母親の運命はその子供に縛り付けられるというのが今の日本の現状である。同時に、「この子を救うか救わないか」という選択については、現場の医者が選択を迫られる(選択の医療化)。
  • 高齢者は、認知症の方もおられるが、発症前にはそれなりに意識があり、日頃から今後の治療・療養について本人と話し合える、それがACP(Advance Care Planning)と言われる最近のブームであるが、ACPは子供には通用しない、という厳然たる事実に突き当たって愕然とした。
  • 死の自己決定について、先進国と言われているオランダの自殺幇助について、これは逆にオランダが他の国よりも緩和医療のプログラムの発展が遅れているという見方もあるようだ。日本でも同様の議論が出てきたが、橋田壽賀子さんが在宅死を希望されて亡くなられたことをきっかけに、ある雑誌に「安楽死・尊厳死」について緊急特集があり、結果を見て大変ショックを受けた。尊厳死も含めると圧倒的多数派が賛成であり、反対意見はごく少数派(4名/64名)だった。
  • ACPについて、人生会議、shared decision making(共有意思決定)と言われるが、実態は、必ず声の大きい方に引き継がれる。選択の医療が、「この子を助けていいのかどうか、助けたら後でかえって家族に恨まれるかもしれない」というような思いを引き起こす。今回のコロナの下では高齢者の人工呼吸器の配分についての選択の医療が世界各地で起きた。カナダでは、その選択の判断のアセスメントは効率によって決められた。選択は医師の専門性に委ねられている、だから裁判所も判断しないのだそうだ。これに対してカナダの医者の中には、「このような制度設定の(安楽)死は、医師を証人であり、判事であり、陪審員であり、刑の執行者となる立場に置くこととなる」という者もいた。
  • 十分な支援もなく親に全てを背負わせて 見て見ぬふりを続ける社会の無関心に対する絶望から、親は、政治や行政や社会的不作為によって殺すしかないところで追い詰められている。しかも生きたいという生きる方向での自己決定を認めることはハードルが高く、死ぬという一方向だけに限定されている。「『殺させられる』立場に置かれている介護家族の一人として、筆者(児玉真美『〈反延命〉主義の時代」より)には『死ぬ、死なせる』をめぐる問題を、介護、家族、ジェンダーの問題を抜きに議論してもらっては困る」という問題提起がある。
  • さらに、現役の小児科医師である笹月桃子の「小児科医の問いと希望:共にある者として子どものいのちの代弁を考える」(『〈反延命〉主義の時代』より)に非常に感銘をうけた。自己決定という基盤の上に成り立っている現代の医療現場において、多くの場合、重篤な病態と重度の障碍も重ねて併せ持つ子ども、そして新生児や胎児は最も脆弱な立場にある。障碍を抱える子どもが生まれてきていいのかいけないのか、生かしていいのかいけないのか、その決定が若い両親に委ねられていることが問題である。「密室化した医療を社会へ開く」ことによって「現場は躊躇無く子どもの救命・延命に専心し、そのいのちの先を社会に託せる」。医療というものが死なせるためにではなく、生かすために、皆様方の技術と力量というものが躊躇なく使われる、そういう現場であってほしいと本当に心から思う。
  • そのような中、男女問わず医療職の方たちには持続可能な働き方をちゃんとやって頂きたい。その中でとりわけ女性の方たちにもっと発言力を持って頂きたい、医療を変えて頂きたい。私たちは超高齢者社会では、みんな依存的な弱者になる。弱者になった時、医者のもとに行くのであるから。「安心して弱者になれる社会」を!「安心して要介護になれる社会」を!「安心して認知症になれる社会」を!「障碍者になっても殺されない社会」を!「尊厳死」より「尊厳生」を!

最後に、座長の浮山超史先生、東間未来先生司会のもと、質疑応答がなされた。

  • 聴講者からの質問として、まず、「尊厳生について、子どもと高齢者を同じに考えて良いのか?」とあり、「尊厳生を肯定する立場として、区別する理由を見いだせません。しかし、判断の権限を、過重な負担を医者のみに委ねるということはやらない方が良いのではないかと思います。」とお答えになられた。
  • 「女性医師が結婚・出産・育児を契機に第一線から居なくなってしまうことがあること、女性医師の選択もあるのではないか。」という質問に対しては、「今、人生百年時代で少子化の時代ですから育児優先する時間っていうのはあっという間です。一旦離職した人達の、育児優先したいっていうのは、そういう選択を一時期なさるっていうのは構わないと思うのですが、その方たちが復職するようなシステムを医学会で作っておられないでしょうか。recurrentのための教育機関をちゃんと用意するのを考えることをどうしてお考えにならないのか私はよく分かりません。」とお答えになられた。
  • 「育児は人生の一時期のことだと思うので男性の意識改革が必要だと思いますが、どのようにその改革していけば良いでしょうか、教育だけでは足りないような気がします。」という質問に対しては、「男を変えるのは一番身近な女しかいません。妻です。専門職同士の結婚が多いですけども、そこでもやはり女性の専門職は、自分の夫の職業の方を優先し、自分が脇に回るっていう選択をなさります。しかし、これから先は必ずしもそうはならないというふうに思います。例えば自分よりも妻の方が優秀な能力を持っているなんて言うこともあるわけであって、専門職同士がお互いに支え合って生きて行くときにその交渉をどんな風にやってくるかですね。医者って特権職ですから、だいたい交渉力の弱い女を選ぶのですよね、最初から。だから専業主婦率が高い職業になるのでしょうが、これから先の男性の配偶者選択の条件が変わってきますから、自分と同じようなリスペクトできる対象を選ぶようになると、夫妻の間の交渉力格差っていうのは変わっていきますので、やっぱりそういう時に女性が一歩も引かず、なんで私一人がワンオペ育児やらなきゃいけないのか、あなたもあの子供の親ではないのか、と。やっぱりその時に男を変えるのはやっぱり妻の気迫だと思います。」と答えられた。
  • 「優秀な女性っていうのはすごくいっぱいいると思うのです。やはり社会と職場と家庭が変わらないとやはりこの女性医師が生きやすい環境というのはなかなかできなくて、女性医師が、なんて言うか男性化しちゃうと思うのですよ、先生どう思いますか。」という質問に対し、「これをやる限りは 医者全体の働き方改革は決して起きないわけですね。それは現状を維持して再生産するだけです。それが雇用機会均等法の働き方と同じです。雇用機会均等法ができたときに私どもの業界の優れた女性学研究者がズバリ、この法律はテーラーメイドだと言いました。テーラーメイドとは何か、紳士服仕立てというのですだから、紳士服仕立ての働き方に体を合わせる事の出来た女だけが生き延びる、それが結局、無効だったことが30年経ってわかったわけです。だから皆さん方今こういうシンポジウムやっておられるでしょう、私を呼んで。まず小児外科学会を皆さん方のお力でお変えください。」と締めくくられた。

本講演会終了後に、会場参加者にアンケートを行いました。

講演会 アンケート結果


外部リンク

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