窪田 昭男

アジア諸国の発展途上国に対する小児外科支援の経験

~カンボジアおよびバングラデシュの場合~

 

窪田昭男(日本小児外科学会会員 和歌山県立医科大学第二外科)

はじめに
一昨年、日本小児外科学会は50周年を迎えたが、この50年における我が国の小児外科の進歩は目を見張るものがある。先人たちの弛まざる努力の賜物であることは言を俟たないが、同時に欧米先進国からの有形無形の援助、指導があったことも疑いの余地がない事実である。アジアの発展途上国の小児外科の現状をみると50年前のわが国のそれより進んでいるとは言えない。今後は日本がアジアの発展途上国の援助をする番だと思われる。
一方、国際連合児童基金(UNICEF)の世界子供白書2011によるとバングラデシュにおける5歳以下の小児、乳児および新生児の死亡率はそれぞれ1,000人当たり53人、43人および32人であり、カンボジアではそれぞれ51人、43人および22人であった(わが国ではそれぞれ3人,2人および1人である)。共にアジアで最も高い数字であり、小児医療の拡充が急務であることを意味する。

Ⅰ カンボジアの場合

1.

Foundation for International Development / Relief; FIDRは、1996年にカンボジア国立小児病院(NPH)での小児外科支援事業を開始した。この支援事業には昭和大学名誉教授の岡松孝男先生(JICAを通じたエジプト・カイロ大学小児病院支援事業(1982~1999)で中心的役割を担ったご経験あり)が当初から関わられ、NPH小児外科部門のゼロからの立ち上げを行った。

そして医療環境の整備(外科病棟・手術棟建設、医療器材配備)と人材育成(医師・看護師への技術指導)、さらには小児外科医療の地方への拡充を目指した活動(地方病院外科医への小児外科教育)を続けてきた。また石井智浩先生が2006年から1年間NPHに滞在し事業援助を行った。最近では手術棟スタッフへの技術指導(麻酔科医師・手術室看護師)、surgical ICU設備供与なども行い、特に新生児外科の確立を目指した取り組みを強化している。さらに一連の活動を通じて治療における栄養療法の重要さを認識したFIDRは、2006年よりNPHにおける給食支援事業を始め(それ以前は入院患者全員への病院給食のシステムはなかった)、現在では病院が主体となり入院患者全員に1日3食(病状に合わせた特殊食も含む)を提供するに至っている。

2.

筆者は、2012年に母と子のすこやか基金(SG)の国際交流助成事業で総額30万円の「カンボジア王国プノンペン市国立小児病院(NPH)・大阪府立母子保健総合医療センター交流助成事業」費を戴いた。NPHは新生児外科の発展を目標にしていたので、小児外科医、集中治療・麻酔科医あるいは新生児科医の研修を望んだ。

初年度は、NPHの中堅小児外科医、Ou Cheng Ngiepが、平成24年7月17 日から3週間、当センター小児外科で研修した。主な内容は、週2回の部長廻診、手術見学、術前検討会、抄読会、胎児診断カンファランス等、小児外科の全ての診療を見学した。FIDRは見学に関するレポートを1週間に1回提出することを義務付けていたが、本研修プログラムが非常に有効であったと総括した。具体的には、①好い患者管理:Multidisciplinary approach(多科による)症例検討会(初めての経験)、ICUあるいはNICUにおける術後集中管理、②より良い手術:鎖肛に対する腹腔鏡補助下手術(排便筋の同定と再建・温存)、ヒルシュスプルング病に対する経肛門的手術、横行結腸の人工肛門造設、直腸・肛門の手術における術前膀胱内視鏡検査、③小さい手術創:横隔膜ヘルニア、CCAM、腹部リンパ管腫、④ 初めてみる術式:直腸粘膜脱に対するGant―三輪法、Long-gapの食道閉鎖症に対する段階的胸壁食道皮膚瘻、食道狭窄に対するバルーン拡張術、漏斗胸に対するNuss法、泌尿器科における種々の膀胱鏡下手術などを挙げていた。
2年目は、小児外科医と麻酔科医が研修に来たが、3年目は語学の問題(英語を話す医師が限られている)、などのために、研修医の招聘は見送られた。

母子センターからの医師派遣は、カンボジア小児外科学会で招待・教育講演を行う形を取った。初年度(2012年)は筆者がSGの援助で第6回カンボジア小児外科学会に参加し、新生児外科に関する講演を行った。2年目(2013年)は筆者は母子センターを退職していたが、日本小児外科学会の国際援助事業の依頼を受けた形で自費でカンボジア小児外科学会に参加した。

3. 日本小児外科学会国際援助事業
田口智章先生が理事長、奥山宏臣先生が国際広報委員長をしている時に日本小児外科学会(国際広報委員会)の事業としてカンボジアの小児外科医療を援助することとなった。ただし、予算がないことより、学会の依頼で個人が自費でカンボジア小児外科学会に参加し、一般演題として教育講演を行った。

田口先生は研究費を使って若手および国際医療の経験のある先生を引き連れて参加している。筆者は、田口班の厚労科研および自らの科研費で参加した。FIDRは連絡、調整等に関わってくれた。

4. カンボジア援助に関わる問題点
カンボジア特有の問題と発展途上国に共通の問題点とがある。ポルポト時代に壊滅的打撃を受けた(生き残った医師は全国で43人だったと言われている)後に、世界各国、各組織がどっと援助に押し寄せたが、それを調整する組織がなかったために、FIDR以外にJICA、KOIKA(韓国の国際援助組織)、WHO,国際赤十字、個人(欧州の篤志家)等が横のつながりがないままに援助を開始した。例えば、NPHでも小児外科と集中治療室とは違う組織から援助を受けているために協力体制はなかった。大部分の医師がフランス語で医学教育を受けているために、語学力の問題から日本では研修ができない医師が多い。NPHを始め公立病院の給料は極端に低いために、午後は別の病院で働く必要があり、長期間の国外での研修は極めて困難である。発展途上国に共通の問題として、トレーニングされた看護師の絶対数が少ないこと、医療機器・施設が決定的に足りないこと、医薬品がないこと、(NPHは例外であるが)入院患者に給食がないことなど抱える問題は大きい。

Ⅱ バングラデシュの場合

1.

バングラデシュの小児外科医との付き合いは、筆者が主催した第28回日本内視鏡外科・手術手技研究会(2008年)にチタゴンの小児外科医Tahmina Banu女史が参加したことに始まる。2009年、筆者は女史に第2回バングラデシュ国際小児外科学会に招待されたが、

その折に第46回日本周産期・新生児医学会(2010年)の宣伝をした。これに小児外科医および新生児科医併せて10余人が参加され(参加費、ホテル代は学会もち)、更に第27回日本小児外科学会秋季シンポジウム(2011年)を10名弱参加された。何れも、日本の進んだ周産期医療あるいは新生児外科に深い感銘を受けたと言われた。
2013年、第50回日本小児外科学会(岩中督会長)では、国際パネルディスカッション―Collaboration in education of Pediatric Surgery in Asian Countries-にダッカ医科大学の准教授Abdul Hanifを招待していただいたが、Dr. Hanifは”Collaboration in Pediatric Surgical training & education among Asian countries-Bangladesh”を講演し、日本小児外科学会からの援助必要性を訴えた。

2. 母と子のすこやか基金(SG)の国際交流助成事業

これらの学会に参加して日本の新生児科・外科に学ぶことが多いと言われたので、上記すこやか基金による「ダッカ医科大学・大阪府立母子保健総合医療センター交流助成事業」を申請した。事業は、毎年、バングラデシュから2名の小児外科医あるいは新生児科医を招聘し、1カ月間研修していただくものであった。初年度は上記周期シンポジウムの際に呼び、学会に参加していただくのと同時に学会からも飛行機代等を補助した。2年目は、2012年の第49回日本小児外科学会(上野滋会長)に招待していただき、それに引き継いでSGにより母子センターで研修していただいた。
研修レポートで、特に感銘を受けたこととして、朝の回診(週2回の部長回診と重症例に対しては毎朝の回診、NICU回診)、手術(Dr. Ngiepとほぼ同じ手術)、他科を含めた症例検討、PCC(死亡症例の死因検討)、研究会における症例報告などであったが、要は一例一例を丁寧に診ること、スタッフ全員ですべての症例を把握すること、他科との症例検討、デス・カンファに大きな感銘を受けたと言われた。

3. JICA

Dr. Hanifは、バングラデシュ全体の小児外科の成績を上げるためには、一部の(DMCの)小児外科医だけをSGで母子センターに送るだけでは不十分と考え、バングラデシュの厚生省などのコネを使って、在バングラデシュのJICAを説得して、将来バングラデシュの指導的立場に立つ20人の中堅小児外科医を母子センターに送るプロジェクトを作っていただいた。JICAが小児外科の援助を行うのはエジプトのカイロ小児病院以来のことだという。プロジェクトは2013年度に始まった。最初はDMCから2人ずつ、母子センターに1カ月間滞在して研修を受けた、その後(筆者が母子センターを退職したのち)ダッカ周辺の小児病院あるいは大学病院から2人ずつを年2回、1回2週間で受け入れることになった。2週間の内、和医大に2日半、近大奈良病院、阪大小児外科にもそれぞれ1日研修を受けることとなっている。これまでの研修医のレポートを見る限り大いに満足しているようである。

Ⅲ 考察~国際援助に関する個人的見解

両国とも小児外科領域の最大の課題は新生児外科であり、診断・来院の遅れ、入院施設の絶対的不足、術前術後管理のためのNICU/ICUの不足あるいは医療機器・看護師の不足のための無機能状態、新生児医療の医療機器と医師・看護師の絶対的不足、

静脈・経腸栄養用の製剤・器材・知識がない等があげられる。両国共にわが国に対してこれらの提供と新生児・乳児の術前術後管理ができる医師・看護師の教育を切望している。しかし、これらの要望に応えるためには多額の経済的支援が必要であり、JICAや赤十字社等の援助が不可欠である。医師・看護師の教育は、自国において医療制度の改革、医学生・研修医の教育ができる指導的医師の教育を通じて行うことが効率的である。より多くの医師の教育を継続して行うには、日本小児外科学会の学術集会に参加し、同時に小児施設の見学をしてもらうことである。そのために学術集会での発表(PPT・示説表記)を英語にすることが極めて重要である。この点は上記IPDにおいてパネリストによっても提案されている。

外部リンク

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