理事長メッセージ
昨年6月に新しい理事会が発足し、理事長に就任してから、早くも1年が経過いたしました。
2024年に施行された「医師の働き方改革」について、本学会ワーク・ライフ・バランス検討委員会が尾藤祐子担当理事、井上幹大委員長のもと実施したアンケート調査では、小児医療には他の診療科と比較してタスクシフト・タスクシェアを進めにくいという特徴があること、そして小児外科においては、大学病院や小児専門病院を除く多くの施設で少人数の医師が診療を担っており、勤務間インターバルや代替休息の確保が困難な状況にあることが明らかとなりました。その結果、働き方改革への対応が十分に進んでいない実態が浮き彫りとなりました。
一方、令和8年度診療報酬改定では、「地域医療体制確保加算2」および「外科医療確保特別加算」において、全国的に若手医師の減少傾向がみられ、診療科偏在の是正が必要な特定診療科として、小児外科が消化器外科、心臓血管外科、循環器内科とともに指定されました。これにより、ベースアップ評価料やいわゆるドクターフィーの導入が進み、小児外科にとっては一定の追い風となることが期待されています。
しかしながら、2026年6月3日に厚生労働省が公表した令和7年人口動態統計(概数)では、出生数および合計特殊出生率がともに10年連続で過去最低を更新し、政府によるさまざまな少子化対策にもかかわらず、少子化に歯止めがかかっていない現状が明らかとなりました。これは小児外科にとって、診療体制のみならず、次世代の小児外科医育成にも直結する極めて深刻な課題です。
こうした状況を踏まえ、この1年間における学会の取り組みを振り返るとともに、現在進行中の事業および今後取り組むべき課題についてご報告いたします。
1. 専門医・指導医の育成システムの改修―小児外科専攻医の教育環境整備と指導医要件の再検討 ―
少子化の進行と地域医療を取り巻く環境の変化を踏まえ、小児外科専門医および指導医の育成における地域格差の是正を目的として、「新マッチングシステム」の導入を検討しています。
本学会では約30年前にもマッチングシステムが運用されていましたが、当時は症例数が少なく研修指数を満たせない施設の専攻医に対する専門医取得のための研修機会の提供を主な目的としていました。今回検討している令和版「新マッチングシステム」は、将来的に所属施設や地域において小児外科診療を担う意思を有する専攻医に対し、専門医・指導医取得に必要な研修機会を提供することを目的としています。これにより、各地域における小児外科高度専門医療の均てん化と診療レベルの向上を図りたいと考えています。
新マッチングシステム構築にむけて、施設認定委員会の文野誠久委員長のもと、まずは施設向けアンケートを先行実施し,受け入れ態勢、その条件などを確認し その後に医師向けアンケートでニーズ調査を行います。その後アンケート調査結果をもとに,新マッチングシステムの制度設計を行う予定です。
施設認定委員会による地域別の小児外科手術総数および新生児手術症例数の解析では、現時点で専門医育成が危機的な状況にあるわけではないことが確認されました。しかしながら、地域間格差は明らかであり、特に少子化の影響が大きい地域では、指導医認定に必要な必須手術症例数を確保することが難しくなりつつあります。
このため専門医認定委員会では、松浦俊治委員長のもと、従来の指導医認定要件を見直し、必須手術をすべて経験できない場合も想定した上で、手術難易度別のポイント制を導入した新たな指導医要件について検討を進めています。
2. 学術集会・秋季シンポジウムの開催時期について
「医師の働き方改革」の施行に加え、近年の宿泊費・交通費の高騰により、会員、とりわけ若手医師の学術集会や研究会への参加に伴う時間的・経済的負担が大きな課題となっています。このため、日本外科学会定期学術集会との連携も含め、前期の理事会に引き続き、将来計画委員会(旧総合調整委員会)で菱木知郎委員長のもとでさまざまな選択肢について検討を重ねてきました。
一方で、学術集会および秋季シンポジウムの運営においては、学会からの補助金増額を行ったものの、共催セミナー、企業展示、広告協賛などの確保は年々厳しさを増しており、開催を担当する会長にとって大きな負担となっています。
これらの状況を踏まえた検討の結果、2029年度より、現在秋季に開催している秋季シンポジウム(PSJMとの合同開催を含む)を、日本外科学会定期学術集会と併催する「春季シンポジウム(PSJMとの合同開催を含む)」へ移行する方向で調整を進めています。これに伴い、学術集会の開催時期は10月下旬へ変更する予定です。
学術集会については従来どおり単独開催を継続し、本学会の独自性と専門性を維持しながら、春季シンポジウムを日本外科学会定期学術集会と併催することで、会員の参加負担軽減、関連領域との交流促進、若手小児外科医の基盤学会への参加促進、さらには運営の効率化を図りたいと考えています。
なお、この開催時期変更および春季シンポジウムへの移行に伴い、定款ならびに会計年度の変更が必要となる見込みです。今後は円滑な移行に向けて関係規程の整備を進めるとともに、必要な手続きを計画的に進めていく予定です。
今後も会員の皆様のご意見を伺いながら、学術集会の独自性を守りつつ、時代の変化に対応した持続可能な学会運営のあり方を模索してまいります。
3. 研究の推進―「若手小児外科医のための研究助成」の創設
学術・先進医療検討委員会の木下義晶担当理事、ならびに石丸哲也委員長のもとで公募および審査が行われ、その結果、2025年度は3名の研究課題を採択しました。
助成額は決して大きなものではありませんが、若手小児外科医にとって新たな研究に挑戦する機会となり、また研究活動を継続するための一助となることを期待しています。今後も本事業を通じて若手小児外科医の研究を支援し、小児外科学のさらなる発展につなげていきたいと考えています。
4. 国際化の促進・情報発信の強化
COVID-19パンデミックが示したように、良い意味でも悪い意味でもグローバル化は避けることのできない時代となっています。我が国の小児外科が国際社会から孤立し、いわゆる「ガラパゴス化」に陥ることなく発展していくためには、国際交流の推進がますます重要となっています。
このような背景のもと、本年度より担当理事である私と国際広報委員会の永田公二委員長を中心として、国際学会での口演発表・論文投稿を行う若手小児外科医を対象としたトラベルグラント制度を創設します。本制度を通じて、若手小児外科医の国際舞台での活躍を支援し、国際交流のさらなる活性化を図りたいと考えています。
また、本学会は今後World Federation of Associations of Pediatric Surgeons(WOFAPS)をはじめとして、各国・各地域の小児外科学会との連携およびパートナーシップを一層強化していく方針です。その取り組みの第一歩として、2026年2月26日にAsian Association of Pediatric Surgeons(AAPS)との共催によるAAPS-JSPS Webinarを開催しました。今後もこのようなWebinarを継続的に開催し、若手小児外科医が国際的な舞台で発表し交流する機会を積極的に創出していきたいと考えています。
さらに、2026年6月3日には国際・広報委員会SNSワーキンググループの主導で本学会公式X(旧Twitter)アカウントを開設し、会員への情報提供に加えて、小児外科を志す研修医や医学生に向けた情報発信を強化しました。学会活動や小児外科の魅力を広く発信することで、本学会のプレゼンス向上と将来の小児外科医のリクルートにつなげていく方針です。
加えて、2026年度中には学会ホームページの全面的なリニューアルを予定しており、利用者の利便性向上と情報発信力のさらなる強化を目指して準備を進めています。
国際交流と情報発信は、これからの学会運営における重要な柱の一つです。若手小児外科医が国内にとどまらず世界に目を向け、自らの成果を国際社会へ発信できる環境を整備するとともに、日本の小児外科の存在感を高める取り組みを今後も積極的に推進してまいります。
5. 小児外科U45ワーキンググループの正式な学会組織措置と若手会員活動の推進
若手小児外科医の活性化ならびに意見集約を目的として、2022年に将来計画委員会(旧総合調整委員会)の諮問組織として発足した「小児外科U45ワーキンググループ」は、この3年間にわたり積極的な活動を展開してきました。
これまでの活動実績や成果を踏まえ、菱木知郎将来計画委員会委員長との協議のもと、その役割と位置付けをより明確にするため、委員会規則および活動方針を整備し、正式な学会組織として活動を行うこととしました。
本ワーキンググループは、若手小児外科医の意見を学会運営へ反映させるとともに、次世代を担う小児外科医同士のネットワーク形成や人材育成を推進する役割を担います。今後は、若手会員の視点から学会活動の活性化に寄与するとともに、小児外科学の将来を見据えた提言や企画立案を積極的に行うことを期待しています。
6. 学会業務のデジタル化と業務の効率化
学会業務のデジタル化の一環として、利益相反委員会の尾藤祐子担当理事、奈良啓悟委員長のもと、学会役員および各種委員会委員の利益相反(COI)申告手続きの電子化を実施しました。これにより、手続きの効率化に加え、郵送費の削減やペーパーレス化による資源節約にもつながっています。
また、理事会運営においても業務効率化を推進しています。理事会審議事項のうち、実質的な審議を必要とせず承認手続きのみで対応可能な案件については、メール審議(みなし理事会)を積極的に活用することで、迅速な意思決定を図っています。その結果、現地開催の理事会では、学会運営や将来構想に関わる重要課題について十分な時間を確保し、より深い議論を行うことが可能となっています。
今後もデジタル技術を活用した業務の効率化を推進し、限られた人的・財政的資源を有効に活用しながら、より機動的で質の高い学会運営を目指してまいります。
7. 関連学会との連携強化による政策提案
今回の診療報酬改定により、小児外科は外科系診療科として一定の評価を受け、処遇改善の面では追い風となりました。しかしながら、小児医療を取り巻くさまざまな課題に対して、学会として十分な政策提言を実現できている状況には至っていません。
そこで、学会員から広く意見や要望を収集するため、学会ホームページ上に「こども家庭庁への要望」バナーを設置するとともに、Ad-Hoc委員会として「こども家庭庁連絡委員会」を立ち上げました。また、昨年平林健担当理事とともに、こども家庭庁を訪問し担当者との意見交換を行い、政策提言のあり方について検討を進めてきました。
その過程で明らかになったのは、医療政策に関する実質的な制度改正や診療報酬上の対応については、最終的に厚生労働省において議論・決定される必要があること、また、こども家庭庁は医療分野のみならず、こどもの養育、福祉、子育て支援を含めた幅広い環境整備を担う組織であるということでした。
政策提言を実現するためには、単発的な要望活動だけでは十分ではありません。学会として継続的に医系技官を輩出し、国会議員や厚生労働省に対する働きかけを行うとともに、各種勉強会や政策検討の場に小児医療の課題を継続的に提起していく必要があります。そして最終的には、政府の「骨太の方針」に小児医療に関する課題を盛り込んでもらうことが重要であると考えています。
少子化が進行する中、小児医療を取り巻く環境は決して楽観できる状況ではありません。本学会としては、診療・教育・研究の推進に加え、政策提言を通じて小児外科医療ならびに小児医療全体の発展に貢献できるよう、今後も関係機関との連携を強化しながら取り組みを進めてまいります。
以上、この1年間の主な取り組みと今後の課題についてご報告いたしました。
小児外科を取り巻く環境は依然として厳しいものがありますが、私たちは時代や社会環境の変化に柔軟に対応しながら、病気を抱えるこどもたちに最良の小児外科医療を提供すること、そしてその医療を将来にわたり支える人材を育成することを最優先の使命として取り組んでまいります。
今後も理事・委員会委員・事務局が一丸となり、学会のさらなる発展と小児外科医療の向上に努めてまいります。会員の皆様におかれましては、引き続きご理解とご支援、ご協力を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます
2026年6月5日
一般社団法人日本小児外科学会
理事長 家入 里志
(鹿児島大学学術研究院小児外科学分野 教授)










